ハンターの保険、本当に大丈夫か──緊急銃猟制度の施行で変わった「補償の地図」
国内初の「緊急銃猟時補償費用保険」が登場した2025年9月。砂川事件が露わにした”補償の穴”は、今どこまで埋まったのか?
管理者より
ハンター保険に入っている。それで安心していた時期が、私にもあった。狩猟免許を取ってから何年か経ち、有害鳥獣駆除の要請を受けるようになって初めて気づいたことがある——通常の「ハンター保険」は、有害駆除中の事故を想定して設計されておらず、補償の網がところどころ破れているのだ。特に2025年9月から施行された緊急銃猟制度は、制度として大きく前進した一方で、保険の側も対応が急がれた。この記事では、周囲のハンター仲間から情報を集めつつ、制度の概要と保険の変化を、できるだけ実践的な言葉でまとめた。難しい保険用語は極力避けて書いたので、最後まで読んでほしい。
初めに
2025年9月1日、「鳥獣保護管理法」の改正が施行された。その目玉が「緊急銃猟制度」だ。クマやイノシシが住宅地など人の日常生活圏に出没した際、一定の条件下で市町村長の判断により銃猟を実施できるようにする制度で、従来の手続きの煩雑さを大幅に省いた。そして同じタイミングで、東京海上日動が「緊急銃猟時補償費用保険」という、国内では初となる保険商品を開発・販売開始した。
だが、ここで一歩立ち止まって考えてみてほしい。この保険は「誰が」「何のために」加入するものなのか。そして既存のハンター保険や猟友会の共済との関係は、どう変わったのか。「保険が整備された」という報道の裏にある細かい話こそ、現場のハンターには重要だ。
Pt1:背景そもそもなぜ「補償の問題」が深刻だったのか
保険の話をする前に、なぜこの問題が切実だったかを理解する必要がある。それを象徴するのが「砂川事件」だ。
【実例】北海道砂川市・ヒグマ駆除ハンター銃所持取消事件(2018年〜2024年)
2018年8月、北海道砂川市でヒグマが出没。市の農政課と現場の警察官の要請を受け、猟友会の支部長・池上治男氏(当時70歳)が出動し、1発で仕留めた。狩猟歴30年のベテランによる対応だったが、2か月後、警察は「弾が届く範囲に建物があった」として書類送検。地図上の平面的な位置関係だけを根拠にした判断であり、現場には8mの土手があって建物は視認できなかったが、公安委員会は銃の所持許可を取り消した。
裁判は長期化し、2021年の地裁では「著しく妥当性を欠き違法」として池上氏が勝訴したものの、2024年の高裁で逆転敗訴。結果として6年間にわたって銃を奪われ裁かれ続けることになった。この事件が示したのは、「要請に応じて撃ったハンターが、その後まるで犯罪者のように扱われる」という現実の恐ろしさだ。
この事件を直接のきっかけとして、北海道猟友会が有害駆除の「原則拒否」方針を打ち出す騒動にまで発展した。地域社会を守ろうとするハンターが守られないという、深刻な矛盾がここに露わになった。
砂川事件が浮き彫りにしたのは、補償と責任の不均衡だ。行政の要請に応じて出動しても、事後に責任を問われるリスクをハンター個人が丸抱えしなければならなかった。そこに通常のハンター保険も、猟友会の共済もカバーしきれないグレーゾーンが存在していた。
Pt2:制度緊急銃猟制度とは何か──条件と流れを整理する
まず制度の骨格を理解しておこう。緊急銃猟制度は、鳥獣保護管理法の改正(令和7年法律第28号)により新設され、2025年9月1日から施行された。対象鳥獣はクマとイノシシで、「人の日常生活圏」への出没に対応するものだ。
📋 緊急銃猟が可能となる4つの条件(法定要件)
① 住居・車両・施設等への侵入、またはその可能性が高いこと
② 危害防止措置が緊急に必要な状況であること
③ 銃猟以外の手段では的確・迅速な対応が困難なこと
④ 住民に弾丸が当たる恐れがない安全が確保されていること
この4条件を満たした場合、市町村長の判断と指示のもとで、委託を受けたハンターが緊急銃猟を実施できる。環境省は2025年7月に「緊急銃猟ガイドライン」を公表し、判断基準の体系化を図っている。費用(日当・備品・保険料・訓練費用など)については、「指定管理鳥獣対策事業交付金(クマ総合対策事業)」等の交付金が活用できることも明示された。
⚠️ 現場ハンターが知るべき「制度の限界」
市町村長の判断が必要:緊急時でも、市町村長の判断と指示がなければ実施できない。担当者が不在だったり、判断に迷った場合のタイムロスが課題として残る。
「委託を受けた者」に限定:緊急銃猟に対応できるのは、市町村から委託・任命された者だ。猟友会に所属しているだけでは自動的に対応者にはならない。自治体との事前の協定・任命関係が必要だ。
「人の日常生活圏」の定義が曖昧:「日常生活圏」の定義が行政解釈に委ねられている部分があり、現場での判断に迷うケースが生じる可能性がある。
Pt3:保険「緊急銃猟時補償費用保険」とは何か──誰のための保険か
ここが最も重要な部分だ。東京海上日動が2025年7月に発表し、9月1日から補償開始となった「緊急銃猟時補償費用保険」は、一体誰のための保険なのか。
結論から言うと、この保険は「自治体(市町村)」のための保険であって、ハンター個人が加入するものではない。緊急銃猟の実施に伴って第三者の財物に損害が生じた場合(窓ガラスの破損、フェンスの損壊など)、自治体が行う「損失補償」に要する費用を補償する商品だ。補償限度額は3,000万円となっている。
🔑 緊急銃猟時補償費用保険の骨格
契約者・加入者:市町村(自治体)
何を補償するか:緊急銃猟実施中に第三者の財物(建物・車両・フェンス等)が損壊した場合に、自治体が行う損失補償費用
補償限度額:3,000万円
保険料の一部:国の交付金(指定管理鳥獣対策事業交付金等)の活用が可能
開発経緯:東京海上日動が環境省との協議を重ねて開発。国内では初の商品カテゴリーとなる。
つまり、ハンター個人が「緊急銃猟時補償費用保険」に直接加入するわけではない。ではハンター個人の補償はどうなっているのか、という話が次のポイントになる。
PT4:比較既存保険との関係と「補償の穴」——整理するとこうなる
ハンターが関わる保険・共済は複数あり、それぞれ補償範囲が異なる。これを混同していると、いざというときに「補償されると思っていた」という取り返しのつかない事態が起きる。整理してみよう。
| 保険・共済の種類 | 加入者 | 通常狩猟中の事故 | 有害駆除中の事故 | 緊急銃猟中の事故 | わな・柵の事故 |
|---|---|---|---|---|---|
| 大日本猟友会 狩猟事故共済保険 | 猟友会員(自動付帯) | 補償あり | 条件次第 | 対象外 | 対象外 |
| 民間ハンター保険 (個人加入) | 個人 | 補償あり | 内容による | 基本対象外 | 基本対象外 |
| 鳥獣被害対策 総合補償制度 (大日本猟友会×東京海上) | 都道府県・県猟友会団体 | 対象外 | 補償あり | 要確認 | 補償あり |
| 緊急銃猟時 補償費用保険 (東京海上日動) | 市町村 | 対象外 | 対象外 | 第三者財物損壊を補償 | 対象外 |
このテーブルを見ると、何かが欠けていると感じないだろうか。緊急銃猟中にハンター自身がケガをした場合、あるいはハンターが銃所持を問われるリスクへの法的サポートは、どこにも明示されていない。砂川事件のような「撃った後に違法行為とみなされるリスク」は、制度の整備後も完全には払拭されていないのが実情だ。
私の経験
私が有害駆除の要請を初めて受けたとき、正直、保険のことをそれほど深く考えていなかった。猟友会の共済に入っていたし、ハンター保険も別途かけていたから「まあ大丈夫だろう」くらいの感覚だった。しかしその後、周囲のベテランから「有害駆除中の事故は通常のハンター保険では補償されないことがある」という話を聞いて、本当にひやっとした。そのハンターも「ひやっとした」と言っていた——これは大日本猟友会の保険資料にも実際に記載されている言葉だ。
特に注意すべきなのが、「個人のハンター保険や共済では、自治体・協議会・狩猟団体等が法律上の損害賠償責任を負った場合には補償されない」という点だ。つまり、自治体の要請で動いたのに、自治体側の責任が問われるケースでは、個人のハンター保険が適用されない可能性があるということだ。鳥獣被害対策総合補償制度(団体加入の保険)はこの点をカバーしているが、その存在を知らないハンターが意外と多い。
緊急銃猟制度が始まったいま、「自分が緊急銃猟の委託対応者になり得る立場かどうか」を確認し、それに応じた保険体制を自分で整えることが、これまで以上に重要になっている。制度が整備されたからといって、ハンター側が受け身でいていい話ではない。
「鳥獣被害対策総合補償制度」がカバーする範囲——現場ハンターが知るべき違い
上のテーブルで「鳥獣被害対策総合補償制度」を挙げたが、これを知らないハンターは少なくない。大日本猟友会と東京海上日動が共同で設計した団体保険で、都道府県または県猟友会が保険料を負担し、構成員(ハンター)が補償対象者となる仕組みだ。
個人のハンター保険と最も大きく異なる点は二つある。一つは、わな・網・柵の設置や使用に起因する事故も補償対象に含まれること。もう一つは、「自治体・協議会・狩猟団体等が法律上の損害賠償責任を負った場合」も補償対象となることだ。通常の個人ハンター保険では、この「団体が責任を負うケース」は免責になっている。この差が、砂川事件のような状況で実際に意味を持つ。
さらにこの制度の保険料の一部は、「鳥獣被害防止総合対策交付金」や「指定管理鳥獣捕獲等事業交付金」によって補助を受けられる可能性がある。つまり、実質的な負担が軽減される形で加入できるケースがあるわけだ。自分の都道府県や猟友会がこの制度に加入しているかどうか、一度確認してみてほしい。
Pt5:視点この法改正をどう受け止めるか——現役ハンターの正直な感想
緊急銃猟制度の施行と国内初の補償費用保険の登場は、確かに前進だと思う。制度として「市街地での銃猟が可能になった」という事実は、今まで「出動しても撃てない」というジレンマを抱えてきた多くのハンターにとって、やっと認めてもらえたという感覚がある。周囲のハンター仲間も「これでようやく動きやすくなる」と話していた。
ただ、同時に不安も残る。制度が整備されたとしても、現場で何か問題が起きたとき——弾が予想外の方向に飛んだとか、判断のタイミングをめぐって後から問題にされたとか——そういう場面でハンター個人が守られるかどうかは、まだ完全には見えていない。砂川事件の教訓は「正しい対応をしても、後から責任を問われる可能性がある」という点にある。法律が変わっても、個々のハンターが保険・補償体制を自分で把握し、整えておく必要があるのは変わらないと私は思っている。
読者への問いかけとして言わせてほしい。あなたは今、自分が有害駆除や緊急銃猟に対応する立場になった場合に、どの保険がどこまでカバーしてくれるか、即答できるだろうか。もし「そう言われると自信がない」と感じたなら、この記事をきっかけに確認してほしい。それが最低限の自衛だ。
まとめ:制度は変わった。でも、動くのはあなた自身だ
2025年9月の法改正と「緊急銃猟時補償費用保険」の登場で、クマ・イノシシへの緊急対応の枠組みは確かに整備された。自治体が財物損害への補償リスクを負えるようになったことで、市町村が緊急銃猟を指示しやすくなるという意味では、大きな前進だ。
しかしハンター個人の保険体制は、自分で整えるしかない。緊急銃猟に対応する委託者として任命されているなら、通常のハンター保険だけでは足りない可能性がある。鳥獣被害対策総合補償制度(団体保険)に自分の都道府県・猟友会が加入しているかを確認し、カバーされていない穴があれば個別に対処する必要がある。
砂川事件は、「善意で動いたハンターが守られなかった」という苦い現実を残した。その反省の上に立って新制度が作られた以上、私たちハンターもその制度を使いこなす義務がある。まず自分の保険を確認する。次に、自分の自治体が緊急銃猟に対する体制を整えているかを確認する。そしてもし体制が整っていないなら、猟友会を通じて声を上げる——その行動が、地域を守る力に直結する。
保険の話は地味に見えて、実は命に直結する話だ。猟友会の集まりやグループのやり取りの中で、「緊急銃猟のときの保険、うちは大丈夫?」という問いかけを、ぜひしてみてほしい。
まずは自分が所属する猟友会の窓口か、都道府県の鳥獣担当部署に連絡して、「鳥獣被害対策総合補償制度」への加入状況と緊急銃猟の委託体制を確認してほしい。知らなかった、では済まない話が保険にはある。
出典・参考情報
- 東京海上日動火災保険株式会社「【国内初】『緊急銃猟時補償費用保険』の開発」プレスリリース、2025年7月17日
- 環境省「緊急銃猟制度」公式ページ(env.go.jp)、2025年
- 環境省「緊急銃猟ガイドライン」2025年7月8日公表
- 自由民主党「9月から始まる新しい『緊急銃猟制度』」、2025年8月22日
- 弁護士JPニュース「クマ被害、9月解禁”緊急銃猟”で抑制できる?」2025年9月1日
- coki(公器)「『撃てば処罰される』緊急銃猟制度に潜む不安」2025年8月21日
- 文春オンライン「今後クマが出ても猟師は”駆除拒否”できる…老ハンター怒りのワケ」2024年11月
- 大日本猟友会「鳥獣被害対策総合補償制度(施設賠償責任保険・総合生活保険)よくある質問(Q&A)」web-tac.co.jp
- 大日本猟友会「鳥獣被害対策総合補償制度のご案内」2025年7月作成パンフレット
- 大日本猟友会「狩猟事故共済保険について」j-hunters.com
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