食べる命は自分で仕留める――ジビエ猟師が語る、クマギスカンと現場の掟
――駆除されたクマの9割が廃棄される現実。ならば自分で仕留め、自分で食べる――それが本物のジビエへの向き合い方ではないか。
管理者より
「クマが出た」「被害が過去最多」というニュースは毎年見かける。でも、駆除されたあとのクマがどうなるかを、どれだけの人が知っているだろうか。実は、処分されるクマの大部分は焼却か土中に埋められ、命が無駄になっている。この記事では、そんな現状を変えようとした現役猟師の取り組み「くまギスカン」を入口に、ジビエ本来の哲学――食べる肉は自分で仕留めるという覚悟と技術について、できるだけ現場に近い視点で書いた。狩猟に興味のある方、ジビエに興味があるが一歩が踏み出せない方、そして「命をいただく」という行為を真剣に考えたい方に、ぜひ読んでほしい。
初めに
千葉県君津市にある「猟師工房ドライブイン」というジビエレストランで、変わった一品が注目を集めている。その名も「くまギスカン」。ジンギスカンをもじった、富山産のクマ肉を甘辛く味付けした料理だ。臭みはなく、牛肉に近い食べやすさ、そして独特の歯ごたえ。しかしこの料理が生まれた背景には、単なる「珍しいジビエ食材」を超えた、深くて切実な問いがある。駆除されたクマは年間1万頭以上。なのに、その肉のほとんどが捨てられている。なぜ食べないのか。誰がやるのか。そして、本当の意味で「食べる側」に立つとはどういうことか。
くまギスカン誕生の背景――廃棄される命
テレビ朝日系NEWS(2025年3月)とABEMA TIMESの報道によると、2025年度に全国でクマに襲われた死者数は13人と過去最多を記録し、駆除されたクマの頭数も2006年度以降で最多のおよそ1万3400頭にのぼった。驚くべきことに、その大部分が焼却処分か土中への埋葬で終わっている。

この現状に心を痛め、行動に移したのが現役猟師の仲村篤志さんだ。千葉を拠点に普段はシカの駆除を担う仲村さんは、駆除個体をできるだけ無駄にしないよう「くまギスカン」を開発。クマ肉を甘辛のタレで仕込み、ジンギスカン風に食べる商品として販売を開始した。
📺 テレ朝NEWS(2025年3月)/ ABEMA TIMES(2025年3月)
廃棄されるクマ肉を「くまギスカン」に――現役ハンターが目指す「狩猟を業に」
千葉県君津市の猟師工房ドライブインにて。富山産クマ肉を使用し、甘辛デミグラス風味・ニンニク香りのジンギスカン風料理として販売。食べた芸人は「柔らかくてめちゃくちゃ美味しい。牛肉に近い」と感想を述べた。
仲村さんが強調するのは経済効果と地域活性化の両立だ。駆除後の命に付加価値を与え、消費者まで届けることで、猟師の待遇改善や若手育成の資金にもつなげていこうとしている。工場長を務める野崎安里さんは、もともとハスキー犬のためのジャーキーを探していたことがきっかけでジビエの世界に入った。今では精肉からパック詰めまでを一人でこなすまでに成長したという。
ジビエとは何か――数字で理解する現状
「ジビエ(gibier)」はフランス語で「野生鳥獣の肉」を指す。ヨーロッパでは古くから貴族の食文化と結びついてきた一方、日本では江戸時代の仏教的な肉食禁忌の影響もあり、長らく一般的ではなかった。しかし近年、鳥獣被害が深刻化するにつれ、「殺すだけでなく食べよう」という機運が高まっている。
| 種別 | 主な産地 | 味の特徴 | 利用上の注意 |
|---|---|---|---|
| 🦌 シカ(エゾ鹿・本州鹿) | 北海道、長野、奈良など | 牛肉に近い赤身。低脂肪・高タンパク | E型肝炎ウイルスに注意。必ず加熱調理 |
| 🐗 イノシシ | 西日本全域、九州など | 豚に近い旨み。冬は脂が乗る | 豚熱(CSF)感染地域では注意が必要 |
| 🐻 クマ(ツキノワグマ・ヒグマ) | 東北、北海道、北陸など | 牛に近く食べやすい。脂少ない部位はジビエ加工向き | トリヒナ症(旋毛虫)のリスク。必ず75℃以上で加熱 |
| 🦆 カモ・野鳥類 | 全国各地 | 深みのある旨み。脂の甘み | 鳥インフルエンザ、農薬汚染に注意 |
| 🦊 キョン(千葉) | 千葉県が中心 | 小型で臭みが少ない。ジャーキー向き | 特定外来生物。積極的な活用が推奨される |
⚠️ 安全注意事項
クマ肉にはトリヒナ(旋毛虫)が寄生している場合があり、生食や加熱不足は重篤な感染症を引き起こす。75℃以上で1分以上の加熱が必須。内臓は特にリスクが高い。購入時は認可を受けた食肉処理施設からの商品を選ぶこと。
現場でしかわからない話――仕留めてから食べるまでの現実
ここからが、この記事で最も伝えたいことだ。「ジビエを食べたい」と思う人はここ数年で増えた。でも、「自分で仕留めて食べたい」と本気で考え、実際に行動する人はまだ少ない。経験のある立場から言うと、仕留めること自体は始まりにすぎない。本当の勝負はそこから先にある。
⚠️ 現場経験より Pt1
初めてシカを仕留めたとき、正直なところ頭が真っ白になった。念願の一頭が目の前に横たわっている。だが、喜びよりも先に「さあ、どうする」という焦りが来た。血抜きを急がなければ肉の質が落ちる。時間との戦いが始まる瞬間だ。その時、先輩から言われた言葉が今も耳に残っている。「仕留めるまでの緊張は、仕留めた後も解けないんだ」。
① 仕留めた直後が肉質を決める「血抜き」
狩猟でもっとも重要で、かつ教科書では伝わりにくいのがこの工程だ。仕留めた直後、できるだけ早く頸動脈を切って放血させる。心臓がまだ動いている「仮死状態」でこれをやれると、心臓自身がポンプとなって血液を効率的に押し出してくれる。逆に、この血抜きが遅れると血液を介して雑菌が全身に広がり、肉が腐敗臭を帯びる原因になる。実はジビエが「臭い」と言われる最大の理由は、血抜きの失敗か、捕獲時に動物が長時間興奮状態だったことによる肉質の劣化だ。
現場でしか気づかないポイント
わな猟でクマやイノシシを長時間放置すると、動物は極度のストレス状態(興奮・疲弊)に陥る。このストレスが筋肉内のpHを変化させ、肉質を著しく低下させる。つまり、「美味しいジビエ」のためには仕留めるタイミングも重要で、わなの見回り回数を増やすことが鍵になる。
② 内臓をいかに早く、きれいに取り出すか
血抜きの次は内臓の摘出だ。これが遅れると、腸内の内容物が漏れて肉が汚染される。特に難しいのは膀胱や腸を破らないよう慎重に切り開くこと。イノシシの場合、尿の臭いが付着した部位はかなりの量を廃棄せざるを得なくなる。内臓を取り出す際は食道と肛門の両端をビニール袋で覆い、縛ってから作業するとリスクが大幅に減る。これは試行錯誤の末に行き着いた、現場ならではのやり方だ。
01
止め刺し・放血
仕留め直後に頸動脈を切り血抜き。心臓のポンプ機能を使うためスピードが命。クマの場合は特に危険性が高く、確実な止め刺しを最優先する。
02
運搬の衛生管理
業務用ビニール袋に包んで運ぶ。直接引きずると内出血で可食部が減る。マダニが大量に寄生しているため防護も必須。夏場は軽冷凍車での搬送が理想的。
03
内臓摘出と洗浄
現場または施設で速やかに内臓を取り出す。川や水場で体表の血・泥を洗い流す。食道・肛門をビニールで塞いでから内臓を取り出すと汚染リスクが下がる。
04
冷却と熟成
と体の温度を迅速に下げ、菌の繁殖を止める。死後硬直が解けてから精肉するのが理想。大型個体は数日吊るして熟成させると旨みが増す(イノシシは法規制あり)。
05
部位ごとに精肉・保存
脂の少ない部位はジビエ加工(くまギスカンなど)に。ロースやモモは火入れで楽しむ。厚手のキッチンペーパーで包んで冷蔵庫で2〜3日熟成させるとさらに美味しくなる。
⚠️現場経験より Pt2
解体を重ねるにつれて、ある感覚が研ぎ澄まされていく。「この個体は状態がいい」「この部位は使える」という直感が育ってくる。そして同時に、粗末にできないという気持ちが強くなる。スーパーで牛肉のパックを見る目が変わるというのは、本当のことだ。命をいただいている、という実感が体に刻まれていくのだと思う。失敗談で言えば、初期の頃に血抜きを急がずに処理した個体は、後で臭みが出てしまった。あの後悔は今も忘れない。だからこそ、今は見回りの頻度を上げることを徹底している。
③ 狩猟を「業」にするということ
仲村さんの言葉が刺さる。「鳥獣との戦いは終わりがない。でも誰かがずっとやり続けなければ増え続けるだけ」。これは単なる感傷ではなく、構造的な問題への答えだ。現在、クマ猟師の多くは高齢者で、4〜5kgの銃を担いで積雪6メートルの山を歩く過酷な現場にもかかわらず、報酬は割に合わないケースが多い。若い世代が参入しにくい理由のひとつがこれだ。しかし、くまギスカンのような加工品で付加価値をつけ、販売まで一貫して手がけることで、経済的な持続可能性が生まれてくる。狩猟免許を取るだけでなく、「獲った後どうするか」まで設計してはじめて「業」になるのだと、この取り組みを見て改めて感じた。
読者へのおすすめアクション
狩猟免許は「わな猟免許」と「銃猟免許」の2種類がある。わな猟は比較的ハードルが低く、費用も安い。まずは各都道府県の農林水産部や猟友会が開催する狩猟免許試験の受験を検討してみてほしい。また、ジビエに関心があれば、認可施設からのクマ肉・シカ肉の購入や、地元の道の駅でのジビエメニューへの注目が、猟師の後押しになる。
くまギスカンの実際の味と調理のコツ
報道では「臭みがまったくない」「牛肉に近い」という表現が繰り返された。クマ肉は部位によって風味が大きく異なる。脂の乗った腹回りの肉は濃厚で、ロースに近い部位はあっさりとしている。仲村さんのくまギスカンは、脂の少ない部位を中心にデミグラス風のタレで甘辛く仕込み、ニンニクの香りを加えたものだ。この味付けは「クマ独特のクセを活かしながら、ジビエが初めての人でも食べやすくする」という計算のもとに組み立てられている。

購入したクマ肉(加工品以外)をジビエとして家庭で調理する場合、最大のポイントは解凍方法と加熱温度だ。冷蔵庫でゆっくり解凍することで旨みが逃げにくくなる。調理前に水や牛乳に浸けておくと残った血の臭みがさらに和らぐ。そして何より、内部温度75℃以上・1分以上の加熱を必ず守ること。これはトリヒナ症予防のための最低限の安全基準だ。
まとめ――命を全うさせる覚悟
仲村さんの言葉を借りれば、「有益に使われているんじゃないか」という感覚。この感覚こそが、ジビエの哲学の核心だと思う。野生動物を駆除することは、生態系のバランスを守るために社会的に必要な行為だ。だが、仕留めた後に「ちゃんと食べる」かどうかは、人間の倫理の問題でもある。くまギスカンという料理は、単なるグルメの話ではなく、命に向き合う姿勢の結晶だ。
一方で、実際に自分で仕留めて食べることは、予想をはるかに超える手間と技術と覚悟を要する。血抜きを急ぐこと、内臓を破らないこと、冷却を怠らないこと。これらは経験を積むことでしか身につかない。最初は必ず失敗する。でもその失敗の一つ一つが、「食べること」への解像度を上げてくれる。
ジビエに興味がある方は、まずは認定施設からのクマ肉やシカ肉を購入して食べることから始めてほしい。そして余裕があれば、狩猟免許の取得を検討してほしい。「食べる命は自分で仕留める」という選択肢は、思っているよりずっと身近なところにある。
あなたも「仕留める側」になれる
狩猟免許の取得は決して難しいことではない。わな猟免許であれば試験の合格率は高く、費用も数万円程度からスタートできる。各都道府県の猟友会や農林水産部窓口に問い合わせるところから始めてみてほしい。また、まずはジビエを「食べる」ことから始めるのも立派な一歩だ。猟師工房のような取り組みへの消費行動が、持続可能な狩猟文化を支えることにつながっていく。
関連ニュース・動き
📺 テレ朝NEWS(2025年3月9日)
現役猟師がつくる「くまギスカン」 若手育成で持続可能な活動へ
千葉県君津市の猟師工房ドライブインを取材。仲村さんが駆除クマの命を無駄にしないため商品開発した経緯、工場長・野崎さんによる若手育成の実態を紹介。
📺 ABEMA TIMES(2025年3月12日)
廃棄されるクマ肉を”くまギスカン”に…現役ハンターが目指す「狩猟を”業”に」
芸人ビスケッティ佐竹が同施設を訪問し、実際にくまギスカンを試食。「牛肉に近い」「柔らかくて美味しい」と感想。施設のビュッフェスタイル(1人3000円〜)なども紹介。
🔖 注目の動き
農林水産省、ジビエ利用の推進に向けたガイドライン整備を継続強化
衛生管理の指針(野生鳥獣肉の衛生管理に関するガイドライン)に基づく食肉処理施設の認定制度が整備されており、認定施設からのジビエは安全性が担保されている。HACCP準拠の義務化により、流通ジビエの品質は年々向上しつつある。
出典・参考文献
- テレ朝NEWS「現役猟師がつくる『くまギスカン』若手育成で持続可能な活動へ」(2025年3月9日)
- ABEMA TIMES「廃棄されるクマ肉を”くまギスカン”に…現役ハンターが目指す『狩猟を”業”に』」(2025年3月12日)
- 環境省:クマ類の出没・被害状況に関する統計データ
- 農林水産省「野生鳥獣被害防止マニュアル―捕獲鳥獣の食肉等利活用(処理)の手法―」
- 厚生労働省「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」
- Mynavi農業「狩猟で捕った獲物をジビエ肉にする工程は? 解体の手順を解説」(2025年12月)
- 鳥獣被害対策.com「イノシシなど捕獲した獲物を美味しくいただくための解体処理方法」(2024年2月)
- Colocal「イノシシをぜんぶ食べつくす!猟師の家でのジビエの食べ方」(脇谷家取材記事)

