緊急銃猟時代を生き抜くハンターの心得
——制度の建前と現場の本音
管理者より
免許を取ったばかりのころは「クマの問題は自分には関係ない」と高を括っていた。ところが近年、地元のハンター仲間から「緊急銃猟に呼ばれたが、発砲したら逮捕される可能性がある」という話を聞いて、背筋が凍る思いをした。制度は変わった。しかし現場は変わっていない——それどころか、ハンターが背負うリスクはむしろ増している。今回はこの「緊急銃猟時代」に、ハンターが本当に知っておくべきことを書き残しておきたい。猟友会に入りたての方にも、ベテランにも、ぜひ読んでほしい。
はじめに
2025年9月1日、改正鳥獣保護管理法が施行され、いわゆる「緊急銃猟制度」が全国でスタートした。これにより、市街地や農地など人の生活圏にクマが出没した際に、市町村長の判断で猟銃による駆除が可能になった。「これでようやくハンターが動きやすくなる」——そう思った人も多いだろう。だが現実はそう単純ではない。新潟県では2025年秋、「クマ出没特別警報」が発令され、過去最多の人身被害が記録された。全国でも同じ秋に被害者が急増している。制度は整いつつあるが、現場のハンターたちは新たな壁に直面している。この記事では、その「壁」の正体を掘り下げ、ハンターとして今何をすべきかを考える。
Pt1:「アーバンベア」の登場——これまでの常識が通じないクマたち
「クマは山で出会うもの」——そういう前提が、もはや崩れている。近年、日本各地で急増しているのが「アーバンベア」と呼ばれる存在だ。人里での食料入手を学習したクマは、人間を恐れなくなり、住宅地や市街地に日中でも落ち着いた様子で現れるようになっている。しかも、そのような母グマが子育てをすれば、子グマもまた同じ行動を学習してしまう。世代を超えた学習が続くことで、この問題は構造的に悪化しているのだ。
2023年に「アーバンベア」が流行語大賞に選出されたことは象徴的だった。その年、クマによる人身事故は統計開始以来の最多を記録し、6人が命を落とした。さらに2025年には犠牲者が7人と更新され、4月から9月末だけで重軽傷を含む被害者は全国で108人に達した。これはもはや「山奥での事故」ではなく、私たちの生活圏で起きている災害といえる規模だ。
⚠️ 注目すべき行動変化
従来、クマの攻撃は「身を守るため」や「子グマを守るため」とされてきた。しかし2025年秋の調査では、複数人で行動中でも積極的に攻撃してきた事例が複数確認されている。これが特定個体の特異な行動なのか、クマ全体の習性変化なのか、専門家の間でも結論は出ていない。ハンターとしても、「こちらから刺激しなければ大丈夫」という過去の前提を疑ってかかるべき局面に来ている。
山でクマの痕跡——爪痕や糞——を見つけたとき、以前は「引き返せばいい」と思っていた。だが今は少し違う。その個体が「人に慣れた個体」である可能性を、真剣に考えるようになった。勘だけで動くのは危険だと、仲間から口を酸っぱくして言われるようになったのもここ数年の話だ。
📰 実例:新潟県「クマ出没特別警報」2025年秋
2025年秋、新潟県はツキノワグマによる出没件数・人身被害件数がいずれも過去最多を記録したとして、「クマ出没警戒警報」から一段引き上げた「クマ出没特別警報」を発令した。同年は奥山のブナの実が「凶作」となり、エサを求めたクマが人の生活圏へ大量流入。9月に4名、10月に1名の人身被害が立て続けに発生し、うち3名が人家周辺での被害だった。この特別警報は当初11月30日までの予定だったが、翌2026年1月31日まで延長された。
出典:新潟県公式サイト「クマ出没特別警報」(令和7年10月・11月発表)
Pt2:緊急銃猟制度とは何か——制度の概要と「建前」を整理する
2025年2月に閣議決定された鳥獣保護管理法の改正により、同年9月1日から「緊急銃猟制度」が施行された。簡単にいえば、従来は禁止されていた人の生活圏での銃による駆除を、市町村長が一定の要件のもとで許可できるようにした制度だ。理屈のうえでは、クマが住宅街に現れた際の対応スピードが大幅に上がるはずだった。
| 項目 | 従来の制度 | 緊急銃猟制度(2025年9月〜) |
|---|---|---|
| 発砲許可の主体 | 都道府県知事(許可まで時間がかかる) | 市町村長(より迅速な判断が可能に) |
| 対象エリア | 原則、山林・農地周辺 | 人の日常生活圏(住宅地含む)に拡大 |
| 法的根拠 | 鳥獣保護管理法(旧規定) | 改正鳥獣保護管理法(令和7年施行) |
| ハンターの法的保護 | 不明確・リスク大 | 一定の整備あり・だが課題残存 |
| ガイドライン | なし | 環境省「緊急銃猟ガイドライン」(令和8年4月改訂) |
政府は2026年3月に「クマ被害対策ロードマップ」を決定し、2030年度に向けた中長期計画を示した。その柱の一つが「ガバメントハンター(公務員ハンター)」の育成だ。北海道千歳市では、地元猟友会が選抜したハンターによるクマ防除隊が結成され、市の非常勤特別職員として出動できる体制が整えられている。このような動きは全国に少しずつ広がっているが、本格的な普及にはまだ時間がかかるだろう。
Pt3:制度の「本音」——現場ハンターが直面する三つの壁
ここが、多くの記事では書かれない部分だ。制度は整いつつある。しかしなぜ、ハンターたちは緊急銃猟に対して冷ややかな声を上げるのか。私自身が猟友会の先輩たちから聞いた話と照らし合わせながら、三つの「壁」を整理したい。
壁① 発砲判断の現場混乱
緊急銃猟では、「撃てる・撃てない」の判断は市町村の担当者が下すことになっている。しかし現場の猟師たちが証言するように、担当者は電話で各方面に相談してからでないと決断できず、その間にクマは移動してしまう。マニュアルがあっても、現場で瞬時に「ここで撃って安全か」を判断できる訓練を積んだ行政職員はまだ少ない。形式が先行し、中身が追いついていないのが実情だ。
壁② 法的リスクという「見えない恐怖」
2018年の「砂川事件」では、正当な駆除活動を行ったハンターが発砲後に法的責任を問われた。この一件がトラウマになっているハンターは少なくない。緊急銃猟ガイドラインでは手続きが整備されたものの、「発砲後の安全確保に不備があると警察が問題視すれば猟銃を取り上げられる可能性がある」という現実は変わっていない。市街地での一発は、銃免許を失う覚悟と隣り合わせなのだ。
壁③ 慢性的なハンター不足と高齢化
環境省のデータによると、狩猟免許取得者は1975年の約51万7000人から2020年には約21万8000人にまで減少した。しかも60歳以上が全体の約6割を占め、クマ出没の多い地方ほど実働可能なハンターの平均年齢が高い。報酬面も深刻で、出動拒否した猟友会が出たことも話題になった。北海道池田町が駆除報酬を5万円から約8万1000円に引き上げたり、秋田市が出動報酬を2倍にするなど、各自治体が対応を迫られている。
📝 私の視点
猟友会の先輩から「緊急銃猟の依頼が来ても、最後まで責任を取れる保証がないなら出られない」という言葉を直接聞いたことがある。その先輩は長年クマ猟に携わってきたベテランだ。だからこそ、軽く動けないと言っていた。正直、その言葉は私自身にとっても刺さった。制度への不満というより、「現場が置き去りにされている」という感覚が、ベテランほど強いように思う。
Pt4:ハンターが今すぐ確認すべき実務チェックリスト
制度への不満を言っているだけでは前に進めない。実際に緊急銃猟への協力を求められたとき、あるいは山でクマと遭遇したとき、ハンターはどう動くべきか。私自身が仲間たちとの情報交換で確認してきた実務的なポイントをまとめた。
| 確認項目 | 内容・チェックポイント | 状態 |
|---|---|---|
| 緊急銃猟ガイドライン | 環境省「緊急銃猟ガイドライン(令和8年4月改訂版)」を読んだか | 要確認 |
| 市町村との連携確認 | 地元市町村の担当部署と連絡先を事前に把握しているか | 要確認 |
| 保険・補償の確認 | 緊急銃猟に協力した場合の傷害保険・法的補償の有無を自治体に確認済みか | 盲点になりやすい |
| ライフル銃・ハーフライフルの要件 | クマ対応にはハーフライフル(単弾使用の散弾銃)か散弾銃が必要。所持要件・規制強化の最新状況を把握しているか | 規制変化あり |
| クマ撃退スプレー | クマ専用スプレー(熊スプレー)を常時携行しているか。使用訓練済みか | 比較的対応しやすい |
| 地元のクマ出没情報 | 都道府県や市町村が公開する最新出没マップを定期確認しているか | 習慣化を |
特に強調したいのが「保険・補償の確認」だ。北海道千歳市のクマ防除隊では、市が傷害保険を負担している。しかしすべての自治体でそうなっているわけではない。何かあってから「聞いていなかった」では遅い。猟友会を通じて事前に確認しておくことを、改めて意識するようになった。
また、クマへの対応に必要なライフル銃は、散弾銃を10年以上所持してからでないと取得できない。ハーフライフルも警察の規制が強まりつつある。制度上「ハンターが駆除できる」とはなっていても、実際に対応できる装備を持つハンターは限られる——この現実はもっと広く共有されるべきだと感じている。
Pt5:現場感覚と私見——ハンターとして今思うこと
制度が整備されるたびに「これで解決する」とメディアが報じ、実際の現場はまた置き去りにされる——この繰り返しに、正直うんざりしているハンターは多い。私自身、最初はガバメントハンター構想に「ようやく行政が本気を出した」と期待した。しかし先輩から話を聞くうち、「制度ができても人は育たない、人が育っても土地の知識には何年もかかる」という現実が見えてきた。
ではハンター個人として何ができるか。私が今もっとも大切だと感じているのは、「地域の情報ネットワークに入ること」だ。クマの行動には強い地域性があり、どのルートを使うか、どの時期に人里に近づくか、どのエサ場を使うかは、その土地を長年見てきた人間にしかわからない。猟友会の集まりをただの義務として捉えず、情報を積み重ねる場として活用することが、現場での安全と判断精度に直結する。これはデータや制度では補えない部分だ。
📝 私の視点
数年前、山菜取りの中年男性がクマに遭遇して軽傷を負った場所の近くで、私もシーズン中に何度か入っていた。後でベテランに聞くと「あそこは5年前から秋になると出る。柿の木があるから」と即答された。地図にも記録にもない情報だった。結局、こういう「人の頭の中にある地図」こそが一番信頼できる情報源だと思い知った。
もう一点。ここ最近、仲間と話すたびに出てくるのが「若い世代への技術継承」の問題だ。狩猟免許取得者は2012年を底に増加に転じ、20代の若手も増えてきているのは確かだ。しかし免許を取ることと、クマに対応できる技量を身につけることは全く別の話だ。焦って現場に出て怪我をしても意味がない。「急いで一人前になろうとするな、地元のベテランにくっついて3年は見ること」——それは先輩から言われた言葉であり、今は後輩に伝えることでもある。
まとめ:今この瞬間から動けることがある
「クマのことは自分には関係ない」——そう思っていた私が、考えを改めたのはベテランの一言だった。クマ問題は、山に入るすべてのハンターに関係する。法律は変わった。でも現場を守るのは、やはり私たちハンター自身だ。以下のことを、今週中に一つでも確認してほしい。
●環境省「緊急銃猟ガイドライン(令和8年4月改訂版)」をダウンロードして一読する。制度の全体像を知らずに出動依頼を受けるのは危険だ。
●地元市町村の鳥獣害担当部署の連絡先を確認し、緊急銃猟協力時の保険・補償体制を問い合わせる。知らないことで損をしないために。
●都道府県の最新クマ出没マップを確認し、自分が入る予定のエリアの状況を把握する。入山前の5分が命を守る。
●猟友会の先輩や地元のベテランに声をかけ、その地域でのクマの動き方を聞く。ローカルな情報こそが最大の武器だ。
●クマ専用撃退スプレーを持っていない場合は今すぐ入手し、使用方法を動画で確認する。スプレーは使えなければ意味がない。
出典・参考資料
- 環境省 自然環境局「緊急銃猟ガイドライン」令和8年4月改訂版
https://www.env.go.jp/ - 内閣官房「クマ被害対策ロードマップ」令和8年3月27日 クマ被害対策等に関する関係閣僚会議決定
https://www.cas.go.jp/ - 日本クマネットワーク(JBN)「2025年秋季のクマ類を巡る状況に関する現状整理」令和7年11月6日
https://www.japanbear.org/ - 新潟県「ツキノワグマの出没による人身被害の深刻化が懸念されるため、『クマ出没特別警報』を発表します」令和7年10月、11月
https://www.pref.niigata.lg.jp/ - 日本経済新聞「クマ対策、自治体で相次ぎ強化 ハンターに報酬拡充」2025年10月30日
https://www.nikkei.com/ - JBpress「過去最悪のクマ被害とハンター不足 対策の切り札として期待される『ガバメントハンター』とは」2025年11月
https://jbpress.ismedia.jp/ - Yahoo!ニュース エキスパート 田中淳夫「クマ出没に備えるガバメントハンターについて考える」2026年2月
https://news.yahoo.co.jp/ - 現代ビジネス「クマ駆除の新制度《緊急銃猟》にハンター大激怒の理由」2025年11月
https://gendai.media/

