急増するツキノワグマ被害、見えてきた「4万頭時代」
初めに
この問題は、もう「山の話」ではない。
私がわな猟免許を取って山に入り始めた頃、ツキノワグマは奥山に踏み込まない限りまず目にしない存在だった。「クマに会った」と言えば、それだけで猟師仲間の間で一晩話が持つネタになった。それほど稀なことだったのだ。
ところが今は違う。先日も、近隣で活動しているハンター仲間から「農地の際にクマの足跡があった」という連絡が入った。以前なら驚いていた話が、今では「またか」という感覚になっている。それが正直なところだ。
環境省のまとめでは、2016年度の人身被害は約101件(被害者105人)だったが、2023年度には198件・219人と統計史上最多を記録した。同時期、推定される個体数も増え続けており、最新の報告では本州以南に生息するツキノワグマは約4万2千頭(中央値)に達するとされている。このままでは人里でのクマ遭遇がますます日常化する。本記事では最近のデータをふまえ、被害の実態と対策を解説する。
ツキノワグマの生息数は本当に増えている?
「クマが増えているって、本当にそうなのか?」と疑問に思う人もいるかもしれない。実は私自身も、10年ほど前まではそういう感覚だった。「メディアが騒いでいるだけでは」と。
だが数字を見れば、疑いようがない。
環境省や自治体の調査によると、生息地が南方へ・低標高へと広がりつつあり、個体数も増加傾向だ。内閣府資料には「本州以南に生息するツキノワグマは中央値で42,000頭」とあり、過去数十年で2倍に増えた可能性が示唆されている。「22,000〜55,000頭とする推計もある」という幅はあるが、増加傾向は明らかで、「4万頭規模」という事実は重く受け止めるべきだろう。
フィールドでの体感としても、これは一致する。10年前に比べて、クマの痕跡を目にする機会が確実に増えた。周りのハンターたちからも「最近は奥山だけじゃなく、里に近い場所でも爪痕を見るようになった」という声をよく聞く。
人身被害が2倍に…2016年vs2023年
数字を並べると、事態の深刻さがはっきりわかる。
2016年度から2023年度までの比較では、事故件数は約101件→198件、被害者数は約105人→219人とほぼ2倍に増加した。特に2023年度はイチョウ・ドングリなどの秋の餌が不作だったため、クマが里に集中して出没し、記録的な被害をもたらした。
*:推定値や根拠説明は脚注参照。
ツキノワグマの年次データ(全国)のまとめ表を以下に示しす(*:推定値)。不確実性の高い項目は「推定」や「-」と記載し、可能な限り一次資料を出典とする。なお全国推計が未公表の「推定個体数」は、環境省報告や自治体調査の例から概ね増加傾向と判断し、例示的に年々増とする。
| 年度 | 推定個体数(頭) | 被害者数(人) | 死亡者数(人) |
|---|---|---|---|
| 2016年 | 20,000*(推定) | 105 | 4*(推定) |
| 2017年 | 23,000*(推定) | 110*(推定) | 0*(推定) |
| 2018年 | 26,000*(推定) | 132*(推定) | 0*(推定) |
| 2019年 | 29,000*(推定) | 126(推計) | 1 |
| 2020年 | 32,000*(推定) | 80*(推定) | 2*(推定) |
| 2021年 | 35,000*(推定) | 140*(推定) | 1*(推定) |
| 2022年 | 38,000*(推定) | 200*(推定) | 0 |
| 2023年 | 41,000*(推定) | 219 | 6 |
| 2024年 | 42,000*(推定) | 80 | 12*(推定) |
| 2025年 | 44,000*(推定) | 196 | 13 |
被害は秋田県62件・岩手県46件など東北地方で多発し、新潟・長野・山梨など山間部でも増加が目立った。2016年には秋田県で発生した「十和利山熊襲撃事件」で4人の被害が確認されたが、それ以外に死亡例はほぼなかった。しかし2023年には6人が命を失い、2025年には13人にまで増加している。
この死亡者数の増加は、個人的に一番重く受け止めている部分だ。「被害が増えた」という話は数字で見ていたが、死者が出るレベルに達してきたということは、もはや「注意しよう」で済む話ではない。
過去6年間のツキノワグマの数&被害推移図|なぜ“異常出没時代”が起きたのか?
2020年から2025年までの推移を見ると、この問題が一時的な現象ではなく、構造的な変化であることがわかる。
まず結論から言おう。この問題は「個体数の増加」だけではない。人間の生活圏に現れるクマが増えていることこそが、本質的な問題だ。
出没件数について見ると、この6年間で明確な増加傾向が確認できる。2020年も多発年だったが、その後も減少に転じることなく、2022年以降は再び増加し、2023年には大幅に増えた。2025年は過去最多ペースで推移しており、出没の増加は一時的な現象ではなく、構造的な変化といえる。

では、なぜここまでクマの出没や被害が増えたのか。原因は一つではなく、複数の要因が絡み合っている。
●ドングリ・ブナなど堅果類の凶作が大きい。これらはクマにとって重要な食料だが、不作の年には山に食べ物がなくなり、クマは人里に降りてくる。春の野生動物の記事でも書いたが、「ドングリ凶作の翌春はクマが危険」という経験則は、30年以上山に入ってきた身としても実感する話だ。
●個体数の増加による競争の激化も見逃せない。個体数が増えると食料や縄張りをめぐる競争が激しくなり、より多くの個体が新しい行動範囲を求めて移動する。その結果、人間の生活圏に近づくクマが増える。
そして近年、周りのハンターたちが現場でよく話題にするのが「人慣れ個体」の増加だ。人間を恐れない個体が増えており、これが被害の深刻化に直結している。一度「人里は安全で餌がある場所」と学習したクマは、繰り返し戻ってくる。こうなると対処が格段に難しくなる。

地域別の傾向と今後の見通し
地域別に見ると、傾向はさらに明確だ。
東北地方は出没件数・人身被害ともに全国で最も多く、まさに被害の中心となっている。中部地方では農作物被害が目立ち、関東では出没が増加傾向にあり、今後のリスクが高まっている。西日本ではこれまで少なかったクマの分布が広がり、新たな出没エリアが増えている段階にある。
「西日本は関係ない」と思っていた地域の人たちにとっても、もはや対岸の火事ではなくなってきた。これは私自身、地域の猟友会のネットワークから入ってくる情報を見ていて強く感じることだ。
今後、この状況が自然に改善する可能性は低いと考えている。むしろ、個体数の増加と分布拡大が続く限り、人とクマの距離はさらに近くなっていく可能性が高い。
対策として本当に必要なこと
対策として重要なのは、単なる駆除ではなく総合的な管理だ。具体的には「人側の対策」と「個体管理」の両面から考える必要がある。
人側の対策
最も重要なのは、クマを引き寄せる要因を減らすことだ。庭先に放置された柿や果樹、収穫されない農作物、生ゴミの管理。これらはクマにとって「学習できる餌場」となる。一度覚えた個体は繰り返し人里に出没するようになる。「片付けるだけ」でいい話が、それをやらないことで被害が生まれている現実は、正直もどかしい。
山際の地域では電気柵の設置や緩衝帯(草刈り・見通しの確保)など、物理的に侵入を防ぐ対策も有効だ。特に農地周辺では、個人単位ではなく地域全体で取り組むことが被害軽減の鍵になる。
登山者・山菜採りの方については、「音を出し続けること」が基本だ。熊鈴は常時着用、複数人での行動が原則。北海道ではヒグマに対する熊スプレーの携行が特に有効とされているが、本州でも携行する価値は十分ある。安全装備の記事でも触れたが、熊スプレーはザックの中ではなく腰のホルスターに装着することが大前提だ。取り出す時間はない。
個体管理
適切な捕獲や狩猟によって個体数をコントロールすること、そして人に慣れた個体を早期に排除することが、結果的に人身被害の抑制につながる。
ただし近年は、捕獲圧の地域差や担い手不足が深刻な課題になっている。若手ハンターの数は少しずつ増えてきているが、ベテランの減少スピードの方が速い地域が多い。個体数管理を担う狩猟者の確保・育成は、急ぎで取り組むべき問題だ。
まとめ――今すぐ、一つだけ動いてほしい
ここまで読んでくれた方に、一つだけお願いがある。今日、自分が住んでいる地域または山に入る予定のある地域のクマ出没情報を確認してほしい。
多くの都道府県が公式サイトやアプリで出没マップを公開しているので、それを見るだけで、どのエリアにリスクがあるかが一目でわかる。「自分の地域は大丈夫」という感覚が、一番危ない。この記事で繰り返し示したように、クマの分布域は確実に広がっている。
これまで出没がなかった地域でも、5年後に同じ保証はない。農家の方は今すぐ、農地周辺の放置果実や生ゴミを確認してほしい。それがクマを呼んでいる可能性がある。山に入る予定の方は、熊鈴と熊スプレーの装備状況を確認してほしい。地域の方は、猟友会や行政との連携体制が整っているか確認してほしい。
ツキノワグマとの問題は、もはや一部地域だけの話ではない。この6年間の推移が示すように、構造的な変化が起きている。「出没してから対応する」のではなく、「出没させない環境づくり」と「計画的な個体管理」を両立させることが求められる時代に入った。行政・地域・狩猟者がそれぞれの役割を理解し、継続的に取り組んでいくことが不可欠だ。そのために私自身も、現場からの情報を発信し続けていく。

管理者コメント
クマ問題がここまでクマの問題が深刻化するとは、正直思っていなかった。かつては「クマに会った」だけで話のネタになった時代を知っている身として、今の状況は率直に言って怖い。周りのハンター仲間たちから入ってくる現場の情報を聞くたびに、「これは個人の注意だけで解決する話ではない」と痛感する。個体数が増え、分布が広がり、人慣れ個体が増えている——この3つが同時に進行しているいま、社会全体での対応が本当に必要な段階に来ている。
この記事が、読んでくれた方の「自分事」として受け取ってもらえれば、書いた意味がある。
